IGETA MASAOMI

やわらかな存在感

 光あふれ、ゆったりとそよぐ色。その色に誘われてふと手を触れたならば、その向こうへ入りこめそうに感じられるほど、井桁雅臣の絵画は、やわらかな存在感をたたえている。あたかも、特別なヴェールをまとっているかのように。

 近年、井桁はステイニングという手法によって、制作を行なっている。下塗りのほどこされていない綿布に、たっぷりの水とともにアクリル絵具を染みこませ、乾いてはまた染みこませる。こうしたプロセスのなかで、綿布の表面と、その上にのせた絵具との、物質としての境界は曖昧になり、やがて透明感にみちた純粋な色彩そのものが、残像のように姿を現す。すべてを思うようにはコントロールできないもどかしささえ、井桁の手によってヴェールの内に包み隠され、自由さと優しさを宿した表現へとかえられてゆく。

 こうした井桁の表現に目を向け、「カラー・パワー!色って不思議」展(2010年11月~2011年1月、北海道立近代美術館)では、「夢の色」と題した章でその作品を紹介した。滲んだ色のストロークは、私たちの心に映った残像とも重なり合い、さまざまなイマジネーションをかきたてる。太陽の光、果物の甘い香り、水面に消えた波紋のかたち…。いつかみた、あるいはいつかみたいと願う世界へと導いてくれるものこそ、井桁が紡ぎだした絵画がまとう、やわらかな存在感にほかならないのだろう。

石尾 乃里子/北海道立近代美術館学芸員
2011年2月

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